「逃げるは恥だが役に立つ」心に残った問答集(6話〜9話)
6話
- 「人間は悲しいかな、見返りが欲しくなってしまう生き物なんだよ」
結局、私が自分で資料直してさ、仕事だから仕方ないんだけど。
仕事の半分は、仕方がないでできている。
残りの半分は?
帰りたい。
やる気ゼロじゃない。笑
でも、仕事だけが人生じゃない。ほどほどの仕事でも食ってけりゃそれでいいじゃない。
それも一つの真理よねー。
ゆりさんはやりたい仕事やってるんだよね。
まあね。でも最近自分がかけた時間と労力に対して割りが合わないような気がしてしちゃって。
割りとか言い出したら何もできないよ。
そうなのよねー。
人間は悲しいかな、見返りが欲しくなってしまう生き物なんだよ。特に恋愛に関しては。
自分が相手にかけた愛情と同等の愛情が返ってこないと人は不安になる。愛情がもらえなくても同等の見返りが有れば納得できることもある。お金だとか、生活の安定だとか。でもね、思いが強いほど次第に耐えられなくなるんだ。俺ばっかり私ばっかりが積もりに積もって、関係は終わりを迎える。
- 「僕は、何を求めてるんでしょう」
昨夜は悪かった。意地悪しすぎた。ごめんなさい。
どういう風の吹き回しですか。
あなたがあんな顔すると思わなかったの。もっといい加減な気持ちで、みくりに近づいていると思ってた。ダメね。この歳になっても人の気持ちがわかんない。
自分でもよくわからないんです。ショックを受けたように見えたなら、そうなのかもしれません。この歳になっても自分の気持ちがわからない。
困ったもんね。
全くです。
僕は、何を求めてるんでしょう。
私に、聞かないでよ。
- 「でも欲しいのは、仕方なくなんかじゃなくて」
あの時、何か、言ってくれるかと思った。
もしも今、手を繋ぎましょうって言ったら、
(今は社員旅行中です。)
って怒られて。新婚旅行のふりをするという仕事の最中でもあります。って食い下がったら、
(それはグレーゾーンですね。)
なんて困った顔をして、仕方なく、手を出して。
でも欲しいのは、仕方なくなんかじゃなくて。
私は平匡さんに何を求めているんだろう。
疲れたけど、楽しかったな。彼に腹も立たなかった。自分の方がみくりさんを知ってると思ったから。僕は知ってる。穏やかな微笑みも、ぬくもりも、優しさも。
もしも今手を重ねたら、みくりさんはどんな顔をするだろう。この旅が終われば雇用主と従業員。週に一度、ハグをするだけの関係。今まで通り。
今まで通りでいい。もうやめる。もう疲れた。何もしない。何も求めない。この旅が終われば平穏な日常に戻る。
あと一駅。
あと一駅。
あと、一駅。
永遠に、着かなければいいのに。
7話
- 「プロの独身とは」
プロの独身とは、人を簡単に好きにならないし発展しない。むしろ発展させないことが重要だ。あの時は、どうかしていた。
あの時、離れがたくて。通じ合っている気がして、愛おしくて。
完全にどうかしていた。なぜあんなことができたのか。疑似新婚旅行によるハイ、ハネムーンハイだ。調子に乗っていた。心が通じ合ったなんて勝手な思い込みだ。
- 「自分が決めつけられるのは嫌なくせに、どうして人は偏見を持ってしまうんでしょう。」
- 「仕事ってさ人と人との関わりだから」
帰国子女?
隠れ帰国子女だったの。
隠す必要あるの?
すぐ言われるんです。あの子は帰国子女だから変わってるって。それで文句言うと、嫌ならアメリカ帰れって。向こうにいた頃は、日本人は日本に帰れって言われてました。
どっちに行っても、マイノリティ。
どっちもできるって言っても、英語は南部訛りだし、日本語は文章書くの苦手だし。
ねえそれ先に言ってよ。てっきりやる気のない若者かと思っちゃったわよ。
だって、帰国子女でも綺麗な文章書く人たっくさんいるから。それを言い訳にはしたくなかったんです。
こいつすげえわ。これからは応援する。バカだと思っててごめん!
何気にひどいんだけど。笑
手はかかるけど、二人ともいい子だなーと思っちゃった。
仕事ってさ、人と人との関わりだから。
結局そうなっちゃうんだよねー否が応でも。
私がしたい仕事ってそう言うことかも。
大企業に勤めたいとかじゃなくて狭い世界でもいいから、人との繋がりで成り立つ何か。
ボランティア?
ううん。お金は欲しい。お金って生活だし。でも、稼げさえすればいいってビジネスライクなことよりも、好意を持って繋がってたいなーって。
それは大事。どんな仕事も、相手への感謝とリスペクト。
感謝と敬意。平匡さんはずっと私に感謝と敬意を示してくれていた。それは雇用関係だからだろうか。もし一線を越えたら、どうなるんだろう。
8話
- 「今の世間の要求は無謀ですよ」
うちはお父さんもお兄ちゃんも自己肯定感が強いよね。
みくりも子供の頃はそうだったんじゃない。
私は学校や社会で折られまくったもん。
普通そうじゃない。ちがやさんが奇跡的に折られないままきちゃっただけで。
それ幸せといえば幸せだよね。
私はひらりに大怪我はさせたくないけど擦り傷くらいはさせたいかなー。
経験値としてはあったほうがいいかもね。
程度問題ですけどねー。
擦り傷程度の浅い傷、だけどなんどもなんども傷を受ければ深刻なダメージになる。
くたびれてしまった。自尊感情の低いあの人を、好きでいることに。拒絶されても平気なフリで、笑い続けることに。
だからね、市議会議員に立候補するっていう手もあるかなと思って。
今のだからねはどこから続いてたの?
さっき聞いたの。野口まいさんに。同い年の市議会員。情熱に溢れた大陸な人だったー。
そんなん簡単になれるの?
選挙演説の妄想ならしたことある。世のため人のためになりながらお給料がもらえるって素晴らしいと思わない?
議員候補のみくりさんに質問です。働く女性の育児について、どうお考えでしょう。
生討論しちゃう?
私田原さんやる。
今の世間の要求は無謀ですよ。働けよ産めよ育てよ女として美しくあれって、体がいくつあってもたりません。
しかし女性が生まないと少子化が進むわけですよね、一方で働きたい女性もいる。
いっそのことみんな、高校生のうちに出産したらどうでしょう。働きながら育てるより、学生時代の方が育てやすいと思うんです。高校の空き教室に託児所を作って授業中は預けておく、で休み時間に授乳しに行く。出産で休学しても夏休みに補習を受ければ授業に追いつけます。
家庭科の授業でベビー服や離乳食を作ったりしてね。
そうやって学校全体で子育てをしていけば…
みくりちゃん。発想としては面白いけど、高校生育児制度を掲げて立候補しても、まず当選できないと思う。
やっぱり?
高校くらい青春したいなー。
じゃあいつ産めばいいんだろう。育児しながら社会参加するタイミングって難しくない?
協力し合うしかないんじゃないかなー夫婦や社会や周囲の人間が。
そこがうまくいかないんですけどねー。
男もさ、子供産めるようになればいいんだよ。
いいじゃない。夫と妻で交代で産んだりして!
選ぶ余地があればお互いに気を使いそう。
しまった。科学者の道に進むべきだった。
気色悪いこと言ってんなー。
俺も産みたい。
…ええーっ
- 「違うものが見えていて当然じゃないでしょうか」
知らないなら何も言わないでください。
事情は知りませんが、津崎さんより僕の方が、彼女のことを知っているかもしれない。見えていると言うべきか。
何が見えているか知りませんが、違うものが見えていて当然じゃないでしょうか。僕とあなたはあまりにも違う。
違う?
僕はこんな場所で人に皮肉をふっかけるような自信に満ち溢れた人間じゃないし、生き方も見た目も何もかも違う。根本的に違うんです。
- 「運命の相手に、するの」
いいねー愛されてて。
愛してるわよお互いに努力して。
努力なの?
無償の愛なんて注げないわよー他人なんだし
言うね。
運命の相手ってよく言うけど、私そんなのいないと思うのよ。
夢がない。
運命の相手に、するの。意思がなきゃ続かないのは、仕事も家庭も同じじゃないかなー。
- 「人生のハンドルを握るのは、自分自身」
津崎さんのおかげで、昔のことを思い出しました。
その話面白い?
ちっとも。
じゃ話さなくていい。
中学の頃、僕はモテたんです。
話すんだ。
初めてできた彼女は、どちらかと言うと地味な女の子でした。僕はとても彼女が好きだった。ところがある日、
(風見君といるのが辛いの。風見君は、かっこよくて、スポーツもできて、女子にも人気で。私は地味で可愛くないし、なんであの二人がってみんなに言われて。)
(そんなこと気にしなきゃいいだろ。)
(風見君にはわかんないよ!私と風見君は、全然違うんだもん。)
そんなこと僕にはどうしようもない。彼女が自信を持てないことは、彼女の問題なのに。
あなたにどれだけ拒絶されても、大好きだよって、言ってあげればよかったんでしょうか。向こうは僕の気持ちなんか考えちゃいないのに。自分ばかり見ている彼女に、何を言えばよかったんでしょう。
ーーーーー
どんな思いで、作ったんだろう。どんな思いで、ここを出て行ったんだろう。あの時みくりさんは、どんな思いで。
自分の気持ちでいっぱいで、僕はみくりさんが残していってくれた料理を手に取ることもしなかった。
ーーーーー
誰かを誠実に愛し続けることは、ものすごく大変なことなのかもしれない。人の気持ちは変えられないけど、人生のハンドルを握るのは、自分自身。
ーーーーー
もしかして、遠回りしてくれてます?
黄昏たいかなーと思って。いいでしょこの道。今の若い子って車持たないわよねー。
なくても困りません。電車やバスで大概のところへは行けます。
そうねー。でもね、あなたが思ってるよりずうっと遠くまで行けるのよ。
- 「他の道もあるんだから、今の道で失敗してもいいやって」
僕は、女性経験がありません。それでもいいと思って生きてきました。だけどあの夜真っ先に思ったことは、失敗したらどうなるだろうって。10歳も年下の女性にリードされる情けなさもあったと思います。拒絶されたみくりさんがどう思うかということは、全く頭にありませんでした。ごめんなさい。未経験だと知られることが、怖くもありました。
知ってました。知ってましたとっくに。
私にとっては、大したことじゃありませんでした。でも、拒絶されたのは、すごく、すごく、ショックでした。このまま館山で市議会議員になろうかと。
そういう人生もありかなと。そう考えたら気が楽になりました。他の道もあるんだから、今の道で失敗してもいいやって。
これから303号室に帰ろうと思います。全部取っ払った答えがそれです。平匡さんは迷惑かもしれないけど、このまま終わりなんて中途半端だし、もう一度会ってちゃんと話を。
会えます!今います。すぐ近くに!会って、火曜の分の、ハグを!
はい!
9話
- 「主婦という職業の報酬は何で支払われるのか」
ごめん。今ならわかる、主婦のありがたみ。私は今、お給料もらってるから仕事として完璧な家事をやろうって思えてるけど、そうじゃなきゃ、ここまで頑張れてるかわからない。
誰も褒めてくれないしね。そんなの当たり前だろって。
主婦という仕事。本来労働の対価は賃金として支払われる。主婦の価値とは一体…
主婦は賃金という形では報酬を得てはいない。しかし、一家の生活を支える立派な職業であるように思う。
主婦という職業の報酬は何で支払われるのか。生活費によって対価とされるのかそれとも…。
- 「誰もが、全てのことを深く知るのって無理だと思わない」
子供欲しいんですか?
私の場合は、みくりがいたからねー。娘がいる気分を味わえちゃったのよねー。
最高よー。責任取らないでひたすら可愛がるだけ。
おいしいとこどり。
そう、でもその代わり、深い喜びは知らないのかもしれない。
深い喜びを、知りたかったですか?
残酷なことを聞くのね。誰もが、全てのことを深く知るのって無理だと思わない?誰かが知ってることを誰かが知らなくて、そうやって世界は回ってるんじゃないかしら。
時に知らない世界を、教えあったり。
そう、そういうのも悪くない。
- 「だから私はかっこよく生きなきゃって思うのよ」
あれ、ゆりさんが作ってるんですよね。カッコよくて好きです。
男の人にそう言ってもらえると嬉しい。わかってくれる人もいるんだって、勇気が出る。
与えられた価値に押しつぶされそうな女性達が、自由になる。自由だからこその美しさ。
例えば、わたしみたいなアラフィフの独身女だって、社会には必要で誰かに勇気を与えることができる。あの人が頑張ってるなら、自分ももう少しやれるって。今一人でいる子や、一人で生きるのが怖いっていう若い女の子たちに、ほらあの人がいるじゃない。結構楽しそうよって思えたら、少しは安心できるでしょ。
だから私はかっこよく生きなきゃって思うのよ。
そんなこと、言わないでください。
(次に続く)