世界は考え方でどうにでもなる

社内SEからジョブチェンジし、コンサルタント見習いです。「人間を科学する」ことに興味があります。

世界は考え方でどうにでもなる

ーー世の中善も悪もない。考え方でどうとでもなるのだ。ーー

there is nothing either good or bad, but thinking makes it so.

シェイクスピアの「ハムレット」第2幕第2場からの引用

これは、僕の人生観です。

世界は良くも悪くもない、ただ存在するだけ。

「自分にとって」良いのか悪いのか、自分がどう思い、感じ、認識するかが全てです。自分がいなければ世界は存在しないのだから。逆説的だけど。

今つまらないのは自分がつまらないと思ってるから。言葉が世界を作っている、認識できないもの言葉にできないものは存在しないという考えです。

 

昔は宇宙なんて存在しなかった。あっても認識できない言葉に表せない知らないのだから存在しないことと同じだった。けど、今まで多くのことを見つけては定義づけて世界は広がりすぎた。

人が勝手に名付けて勝手に感じて勝手に喜んだり悲しんだりしているだけだ。

 

そもそも世界にとって、人がどうなろうと知ったこっちゃなく、人が何かについて話す時、必ず前提として人間としてという言葉が入っている。と思っている。

 

・「人間にとって」人が死んだら悲しい。動物にとって、人の生き死になんてどうでも良い。

 

ここで、安岡正篤氏の志向の3原則を引用したい。

「私は物事を、特に難しい問題を考えるときには、いつも三つの原則に依る様に努めている。
 第一は、目先に捉われないで、出来るだけ長い目で見ること、
 第二は、物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、出来得れば全面的に見ること、
 第三に何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考える
 ということである」(『安岡正篤一日一言』致知出版社 111頁)

 

いつも何が常識となっているか、見えない前提がないか、偏見、無意識に囚われていることはないか、を考えている。